ネットで見つけた物件で"Open for Inspection"の日が設定されていない場合は、直接不動産屋でその部屋の鍵を借り自分で見に行くことになる。私たちもセオリーに沿って、とあるサバーブの不動産屋に向かった。
受付には二人の女性がいて、来客が入れ代わり立ち代わりで話しかける他、電話もひっきりなしにかかっている。忙しそうだ。落ち着いたところを見計らい、やっと目当ての物件について尋ねたところ、
"It's been leased. (それはもう決まりました)"
との素っ気無い答え。・・・・・・・あ、そ。まあ、でもしょうがない。次だ、次。
気を取り直して近くの不動産屋に入り、また別の物件について尋ねる。ところがまたもや答えは
"It's been leased. (それはもう決まりました)"
・・・・・・・早くも気分が沈み始める。ヤバい。部屋探しはまだスタートしたばかりだというのに。
どうやらあれこれ選り好みをしていられる状況ではないことを、ここへ来てようやく理解し始めた私たち。もっとお高い部屋なら空いているのかもしれないが、払える家賃には上限がある。
何軒目かの不動産屋で、ようやく希望の部屋の鍵を借りることに成功。鍵を借りられただけで、もうその部屋を契約できそうな気がしてくるほど、既に余裕を失っている。
電車で移動し、30分後に目的の駅に到着。この辺りは元々住宅地ではなかったようで、駅から見える範囲に商店らしきものは皆無。大きなビジネスパークが広がるだけで通りを歩く人影もなく、他のサバーブとは明らかに異なる様相を呈している。実はここは想定外の地域だったのだが、駅から徒歩圏内というだけでも今はありがたいと思わなければなるまい。
今日も今日とて容赦ない紫外線が照りつける中、人気のない歩道を真っ直ぐ10分ほど歩くと目的のユニットに到着。既に鍵は開いており、中に入ると内装屋のおじさんが壁にブラシをかけているところだった。一言断って室内を見せてもらう。
間取りは希望の2ベッドルームのユニットだ。部屋の広さは申し分ない。キッチンは古いが不動産屋の話では全面リフォームされるとの事だった。バスルームも、まあ、これなら我慢できるかな?
最後にトイレをチェックするため、ドアを開けたところ・・・・・
ゾワゾワッ!
全身に悪寒が走った。見上げると、部屋一面にモノトーンの壁紙が張り巡らされている。この図柄というのが、ヴィーナス?古代ギリシャの神々?ありがたい意匠を用いている割りにはひどくおどろおどろしい印象で・・・・・書いた人には申し訳ないが、まさに地獄絵図と呼ぶにふさわしい出来栄え。たったの数秒で具合が悪くなったような気がして、慌てて外に出た。
ドアの外にいたダーさんが「ここ気に入った?」と聞いてきたので、「ちょっとトイレの壁紙が・・・・・」と促しダーさんにもチェックしてもらう。ところが、ダーさんは
「壁紙がなにー?」
と言うばかりで全く何も感じていない様子。
・・・・・そうだった。今の私たちには贅沢を言っていられる余裕などないのだ。トイレの壁紙くらいなんだ。
「それで、ここ気に入った?」
ダーさんは相変わらず無邪気に聞いてくる。『こんな気味の悪いトイレの家なんて嫌!』という言葉をグッと飲み込む。
「・・・え、駅からここまで交通量が少なくて、車の運転の練習に良さそうよね・・・」
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