オーストラリアで暮らすようになってから気になっていたことの一つに、テレビ等で「samurai」「ninja」という単語を耳にする機会が多いことがあった。とりあえず自分の中で「単なるエキゾチックでオリエンタルなものへの憧れだろう」と納得してはいたものの、それにしては彼らが「samurai」「ninja」について語る時、言葉の端々からその認識が妙に”正しい”印象を受けるのが謎ではあった。
ちょうど1ヶ月前のこと。豪テレビ局SBSが放送した1時間のドキュメンタリー番組「Shintaro!」を見て、ついにその理由を知ることになった。私が生まれる以前の60年代、オーストラリアのテレビで日本の時代劇「隠密剣士(英語版タイトル”The Samurai”)」が放送され、子供たちを中心に一大ブームを巻き起こしていたのだ。
その英語版のオープニングテーマがこちら。
80年代に堺正章主演の「西遊記」がオーストラリアでも放送されていたことは、当時豪在住だったダーさんが「オレ、英語版の『西遊記』テレビで見てたで。『Monkey』っていうタイトルで、終わりの歌も英語の歌詞に変わってた」とかねがね話していたので知っていたが、「隠密剣士」については恥ずかしながらドラマの存在すら初耳だった。
「隠密剣士」は将軍職にある幼い異母弟を守るため、秋草新太郎が幕府を脅かす悪に対抗する公儀隠密として伊賀忍者の霧の遁兵衛、孤児の周作とともに旅に出るというストーリー。主人公の新太郎を演じた大瀬康一氏は、かつて「月光仮面」を演じた俳優。
ちょんまげの侍、黒ずくめの忍者、日本刀や手裏剣といった物珍しい服装や武器、後ろ向きに飛んだり水の上を歩く等忍者の特殊なアクション、流血あり手足を切り落とすシーンありと子供向け番組にしては残虐なシーン等々は、従来の西部劇のお約束の展開に飽き飽きしていた豪の子供たちの目に大層新鮮なものに映ったらしい。週5日、1話30分の日本の時代劇を見るために子供たちは学校が終わると一目散に帰宅。番組は高視聴率を記録することに。
やがて、プラスティックの刀や手裏剣、忍者のコスチューム、着物風のパジャマ等Samuraiグッズが大人気に。それらを買ってもらえない子供たちは木で刀を作り、パジャマを黒く染め、缶の蓋を手裏剣の形に切るなどして手作り。忍者になったつもりで校庭を走り回り、目上の人の言葉を聞く手下の膝と右手をついたお辞儀(画像右)の真似をしたり、教室では先生の目を盗んでsamuraiカードを交換して遊んだそう。
当時はまだ第2次世界大戦終了後わずか20年。ダーウィン爆撃等、日本軍から攻撃を受けた記憶が生々しい大人世代は、過熱していく一方のSamuraiブームを疎ましく思う向きもあったようだ。「日本の残虐な番組を子供に見せるとは何事か」等、番組を放送するテレビ局には放送中止を求める手紙が山のように届き、やがて反対派と賛成派の間で大論争に。
しかし、子供たちは番組の伝えるメッセージを理解していた。新太郎たちは常に弱い立場にある人々を助けるために悪い人間をやっつける。新太郎は決して自分からは戦いを仕掛けない。子供たちからの圧倒的な支持を得て、番組はそのまま継続して放送されることに。
大瀬康一氏は豪製菓会社の招きを受け65年のクリスマスに来豪。出迎えのためシドニーの空港に6千人、メルボルンでは7千人が集まり、これは前年に来豪したビートルズ以来の熱烈歓迎だったとか。番組には大瀬氏本人も登場。到着前、大瀬氏は興行主から「新太郎の格好で降りてくれ」と頼まれこれを嫌がったそうだが、忍者姿の子供も混じる人々の感激ぶりを目の当たりにして「ああ、着替えて良かった、って思いましたね」と当時を回想されていた。大瀬氏は15日間で12回の公演を行った後、帰国。
「The Samurai」の成功に気をよくした豪テレビ局はその後「忍者部隊月光(英語タイトル「Phantom Agent」)」や宇津井健の全身タイツで有名な「スーパージャイアンツ(英語タイトル「Starman」)」もオンエア。しかし、これらは設定が現代だったり全身タイツが奇天烈過ぎたりで、残念ながら「The Samurai」ほどにはオージーキッズ達の心を惹き付けることはできなかったらしい。
40年来の「The Samurai」ファンで、豪国内で同番組の上映会を企画する等精力的に活動してきたGarry Renshaw氏は、大瀬氏に会うため来日。別れ際に大瀬氏から新太郎のカツラをプレゼントされたそう(画像右)。
放送後、番組HPには当時を懐かしく思い出すファンから「当時Samuraiショーが見たくて、親に頼んで連れて行ってもらった」「番組を自分の子供と一緒に見た」「子供の頃ninjaごっこをして遊んだ楽しい記憶を思い出した」等、たくさんのコメントが付いた。
たとえ文化の背景が違っても、残念な過去があったとしても、本当に良いもの、人の心に響くものは国境の壁を楽々と越え多くの人々に喜んで受け入れられる。自分が生まれるより前に、日本とオーストラリアの間にこんな心温まるエピソードが存在していたことを初めて知るに至り、嬉しく感じると同時に日本人であることを誇らしく思った。
放送日から1週間ほど番組サイトにアップされた後一度は消えたストリーミングだったが、番組を見逃した人から再放送を希望するコメントが多く寄せられたためか、いつの間にかサイトに復活していた。見たい方はSBSの番組HPで(おそらく豪国内のみ視聴可)。なぜか実際に放送されたものとエピソードの順番がかなり違っていたりするけれど、豪在住の日本人で特に40、50代の知人がいる人は必見。
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